人工知能(AI)により相性の良い相手を探す東京都独自の婚活マッチングアプリ「TOKYO縁結び」は、2024年9月の本格的運用開始から1年余りが経ちました。2025年度の予算はシステム運用や交流イベントで1億2000万円が計上されています。申込者は約2万5000人で、そのうち真剣交際は216組、成婚数は80組(9月発表)ですが、こうした官製婚活をどのように捉えるべきでしょうか。「押し付けられる結婚 『官製婚活』とは何か」の著者である斉藤正美さんに聞きました。(菅原恵子)

―本書を書くきっかけは。
斉藤 福井県の結婚支援が盛んで共同研究をしている山口智美さん(立命館大教授)と「見に行ったらいいんじゃないか」と話になりました。2016年12月に実際に話を聞きに行って、そのあたりから自治体の結婚支援が話題になり、注目していました。
2000年前後から男女共同参画や性教育に対する地方自治体での条例制定や男女共同名簿など、色々なところでフェミニズムやLGBTQの運動に対するバックラッシュ(揺り戻し)がありました。攻撃する側がリプロダクティブ・ヘルス/ライツ(ことば)を意識しているようで、結婚支援は大まかにつながっていると思いました。
第一次安倍政権(2006〜7年)と重なり、バッシングしている人とは結び付いていると見なくてはいけないでしょう。
―官製婚活は「結婚して子を産め」と個人の生き方に行政が踏み込んできた感があります。
斉藤 第一次安倍政権時の教育基本法改正で一番話題に上るのは愛国心ですが、家庭教育に踏み込んだことも大きいです。この主張を声高にする彼らが家庭を重視する背景に、「女がわがままになって結婚しないとか、離婚したり、自分のしたいことをするために子どもを虐待する」と思っている節があります。
「家庭は女性が輝ける場なのに、そこを踏み違えている」という思いが一部のおじさん、おじいさんにあります。まずいとわかっている世代は言わないけれど、高市政権の支持率の高さや参政党の支持率の高さから、少なからず思っている人がいることがわかります。安上がりの福祉が
―未婚女性へのプレッシャーだけでなく、シングルマザーへの「手当をむさぼっている」などの攻撃も同時期から始まっています。
斉藤 家族主義ですね。1980年ぐらいから自民党は、家族で助け合って子育ても介護もしてくれることで、政府が金を負担しなくてもいい安上がりの福祉社会政策を取ってきました。当時は専業主婦率が一番高く、男性の労働力が充分で女性の労働力をあまり必要としなかったから、女性は家庭でやってくれた方が、国全体としては安上がりにうまく回るという発想でした。
それを未だ理想としていて、安倍政権もサッチャー英国首相を手本にする高市首相も、日本は安上がりな福祉国家をうまく作れていると思っているから、女性は補助的な働き方にしておきたいという発想が続いています。日本の女性の不幸だと思っています。
―こうした流れは家制度復活への流れなのでしょうか。
斉藤 それは天皇制からつながる象徴的な意味として大きいです。高市政権下での日本維新の会との連立合意書にもあるように天皇制と選択的夫婦別姓ではなく通称使用にこだわることは、つながっていると考えています。
さらに家族と国家がつながる重要なポイントで、男がトップに立ち女がそれを守るような国家観が非常に強いと思います。女性は家庭を大事にして働いて欲しい、安くても我慢して働けという感じで、女性のことを大事にしていない。でも子どもを産む存在としては大事にするという見方が、復活ではなく続いています。
―婚活推進国会議員連盟の初代会長の小池百合子東京都知事のもと、都ではオリパラと結んだ婚活キャンペーンが批判されて引っ込めた後、遅れて婚活アプリを始めました。
斉藤 都では最初は早い時期に島しょ部を巡るイベントでしたね。コロナ後、都市部の婚活はマッチングアプリが中心になっています。都がなぜ独自開発するのかはよくわかりません。
東京都は資金があるので、子育て支援や妊活も含めた婚活の取り組みに、知事は東京都の母みたいな感じでいるのかもしれません。思わせたいことを上手に演出する人ですから。子育て支援うんぬんと言うけれど、実際には地に足がついてない政策です。
出産の意識づけに
―東京では将来の妊娠出産に向けて18歳以上に「プレコンセプションケア」助成制度も行なっています。妊娠適齢期の刷り込みや自己決定権の否定、優生思想に結びつくのでは。
斉藤 そうですね。「健康な子どもを産まなくてはいけない」からと、思春期から妊娠できる体づくりを意識づける様々な事業や啓発活動を行っています。根っこにライフデザインの選択があるのでわかりにくいです。
―現代版「産めよ増やせよ」ですね。
斉藤 東京は都会だからそんなことないと思うかもしれませんが、体外受精のための卵子凍結まで助成していますね。「年齢的に卵子凍結しなきゃ」とまで思わせるのは罪作りですよ。予算がいっぱいあるからだと私は思っています。卵子を、いつどう戻して出産するのかと考えるのも女性の負担だと思います。
―最後に他者に生き方を強要されない社会に向けて、私たち一人ひとりができることはありますか。
斉藤 人権を阻害していることを一つひとつ問題として提起していくことじゃないでしょうか。最近は特に外国人に対して厳しい政策が始められていますが、意識的に見る視点もつけないといけないし、他者の暮らしや、人権を想像し、重視していかないと、世の中がひどくなる危機感があります。
官製婚活では自治体でどんな政策を行われているか、少子化対策の交付金を検索して何がなされていて、自分の子どもたちがどういう教育を受けていくのかとか考えていくっていうことも大事じゃないでしょうか。
ことば
リプロダクティブ・ヘルス/ライツとは 性と生殖に関わる健康と権利。いつ、何人子どもを産む、産まないかを「自分で決められる自由」をはじめ、性や生殖に関する心身ともに健康で安全な状態を保ち、それを実現するための情報や手段を得て、自分らしく生きる権利のこと。
