日本共産党衆院議員(比例東京ブロック選出)で、被爆二世の笠井亮さんが、同党の代表として、6月にオーストリア・ウィーン、8月にアメリカ・ニューヨークで開かれた核兵器廃絶をめぐる国際会議に相次いで参加しました。核兵器のない未来へ、世界にどんな動きが起きているのか、二つの会議で感じた変化について聞きました。
 ―二つの国際会議に相次いで参加されました。
 ウィーンでは6月21日から23日まで、核兵器禁止条約の第1回締約国会議に参加しました。日本でも署名を集め、被爆者を先頭に世界に長年、訴えてきたことが実った条約を実行に移す。そのための最初の会議です。
 ニューヨークでは8月1日から26日まで開かれた、核不拡散条約(NPT)の再検討会議に5日間、参加しました。条約は5つの国に核兵器の独占保有を認めるとともに、第6条では核兵器をなくすための交渉義務を課しています。
 最終文書は採択できなかったものの、この第6条に基づく核兵器廃絶への取り組みの実行が、厳しく問われる会議となりました。

 ―笠井さんはこうした国際会議に何度も、出席されています。
 国連の核軍縮の会議には、1988年の軍縮特別総会以来、7回にわたって通ってきましたが、今回は二つの点で、状況が一変していました。
 一つは、コロナ禍、気候危機、ロシアのウクライナ侵略などで人類と地球の未来が深刻に問われている時に、核兵器の存在や、使用、脅しなど絶対に許されないという共通認識の広がりです。
 二つ目に、核兵器を保有する大国主導の国際政治から、すべての国が主役になる流れが強まり、そのなかで市民社会の位置が高まったことです。
 ウィーンの締約国会議への私の参加資格は「国会議員枠」で、そのバッジをつけていると、各国の政府代表とも自由に意見交換ができました。禁止条約の前文で、市民社会のなかに国会議員を位置付けているためで、これまでにないことです。
 また、NPT再検討会議では、公式プログラムの一つとして、NGOセッションが開かれました。そのトップに日本原水協が指名され、私が国連総会を開く本会議場で、大画面に映し出されながら発言しました。
 日本共産党の国会議員が国連本会議場で発言するのは史上初めてです。市民社会と日本原水協の運動の国際的地位と役割が、画期的に大きくなっていることを象徴的に感じました。

核保有国とも議論
 ―ニューヨークでは、核保有国とも議論されたそうですね。
 アメリカは「都合がつかない」と断ってきましたが、ロシアとイギリスには会いました。
 ロシアの国連代表部の副代表は、「あなた方の要請は、我が国の考え方と非常に近い」「(ウクライナ侵略は)他国が軍事力を強化したから」などと言い、プーチン大統領が核で世界を威嚇していることまで否定しました。
 私は、ロシアと私たちの考えは「全く違う」と反論し、ウクライナ侵略自体が国連憲章と国際法に違反すること、プーチン大統領は核使用の可能性に言及しており、「どんな理由があっても、核の使用も脅しも許されない」と厳しく反論しました。ロシア側は当初、「20分間だけ」と言っていましたが、議論が白熱して45分に及ぶ会談になりました。
 ウィーンで日本共産党は、締約国会議として「核抑止力」論を乗り越えることを世界に訴えるよう要請しました。
 会議がまとめたウィーン宣言は「核抑止力論は、核兵器が実際に使用されるという脅威、無数の生命、社会、国家を破壊し、地球規模の破滅的な結果をもたらす危険性に基づいており、その誤りをこれまで以上に浮き彫りにしている」とのべています。
 二つの国際会議ともに、「核抑止力」論にしがみつく核保有国が、いよいよ追いつめられていると実感しました。
 ―日本についてはどんなことを感じましたか。
 日本は唯一の戦争被爆国でありながら、世界の流れからの逆行が際立っています。
 ウィーンの会議には、NATOなど、日本と同じくアメリカと軍事同盟を結んでいる国もオブザーバー参加しました。特に、ドイツとノルウェーの政府代表は「立場の違いはあるが、建設的な対話を続けたい」と発言し、真摯な姿勢が拍手で迎えられました。対照的な日本政府に、核保有国との「橋渡し」の資格なしと声があがっていました。
 西アフリカの外交官は、日本が締約国会議に参加していないことを知らなくて、私に「信じられない。スクープだ」と驚いていました。
 NPT再検討会議で岸田首相は、一般討論の最初にフィジーが、核兵器廃絶への義務を課した「第6条が肝心」だと語った直後、2番目で登壇したのに、焦点である第6条にも核兵器禁止条約にも言及しませんでした。
 その後、アメリカのブリンケン国務長官が発言の冒頭で、岸田首相の演説を「パワフルなメッセージ」と絶賛しました。アメリカの「最大の援軍ここにあり」という姿があらわになりました。

非人道性こそ原点
 ―核兵器のない未来を実現していくために、今後、大切なことは。
 核兵器の非人道性こそ、廃絶の原点です。
 国連本部で8月5日に、日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)主催の「原爆展」の開幕式がありました。木戸季市事務局長が自身の被爆体験を交えてあいさつすると、NPT再検討会議で議長を務めたアルゼンチンのスラウビネン氏が「30数年の外交官歴で、初めて被爆者の証言を直接聞き、見方が大きく変わった。会議の前進につなげていきたい」と発言しました。
 ウィーンでの国会議員会議で私は、各国の議会に被爆者を招いて話を聞き、議会政治の役割を果たそうと提案しました。イタリア議会の人権委員長の女性議員がすかさず、「大賛成だ。ぜひイタリアに呼びたい。みなさんも呼ぼう」と呼びかけ、ベルギーの男性議員も「私も賛同する」と続いてくれました。
 NPTと禁止条約は世界が核兵器のない未来に進むための「車の両輪」です。ウィーン宣言は「私たちの前に立ちはだかる課題や障害に幻想を抱いてはいない。しかし私たちは楽観主義と決意を持って前進する」「私たちは、地上から核兵器が完全に廃絶されるまで、休むことはないだろう」と高らかに述べています。
 この決意を共有し、世界の流れに逆行する日本政府を変えるために、全力で取り組みます。