近年、地球温暖化の影響で多発する豪雨災害への対策が急がれています。東京都は「洪水による水害から都民の命と暮らしを守る」ためとして、中小河川の整備を進めています。善福寺川(杉並区)もその一つで、1時間当たり75ミリの降雨に対応するため「善福寺川上流地下調節池」の整備を行おうとしています。ところが地元住民からは都のやり方に疑問が広がっています。なぜなのか―、現地を訪ねました。(長沢宏幸)

〝都は住民に寄り添って〞
あまりに理不尽
「次世代に誇れるようなことになるのであれば、立ち退きも致し方ないという人もいた。しかし東京都のやり方は、あまりにも理不尽だ」。こう憤るのは、調節池整備に伴う取水管理施設の建設のために、周辺約20軒とともに立ち退きを迫られる山口泰とおるさん(79)です。
「3代続く家の立ち退きという重大な事業なのに、地権者への告知も説明も、公聴会もない。都市計画審議会での立ち退きの議論もなかった」と話します。
山口さんが住む西荻北地域は、約100年前の区画整理事業以来、住民と行政の協働によって武蔵野台地の崖線と湧水、巨木など豊かな自然が今も守られています。そこに突然、巨大な地下トンネルや管理棟、取水口を建設するという調節池事業計画がふって湧いたのです(2023年8月)。
歴史的自然環境や景観を壊されることを心配した住民は、地域で愛される公園名にちなんだ「どんぐり公園周辺を考える会」を結成。都に情報公開や住民との説明会などを求めています。会の代表世話人でもある山口さんは「取水口管理棟やトンネル設置の詳細設計の内容、予定地が公有地から民有地に変更になった経緯など、基本的な情報をまず開示してほしい。その上で話し合いをと要望しても都は応えてくれない」と、都の不誠実な対応を訴えます。
内水氾濫対策こそ
地域では豪雨による水害がたびたび起きていますが、そのほとんどは川の氾濫ではなく排水処理能力以上の降雨によって起こる「内水氾濫」です。アスファルトで舗装された道は、雨水を地下に通すことができず、地表にたまりやすくなります。また河川の水が一気に増量することで排水路に水が押し戻され、道路やマンホールなど街のあちこちで水があふれてしまいます。「都市型水害」と呼ばれ、豪雨のたびに不安が襲います。
会ではこの地域の内水氾濫の原因が、武蔵野市からの下水流入にあるとして対策を求めていますが、都、武蔵野市、杉並区は解決策を見いだしていないと指摘。武蔵野市内に雨水管の新設や公用地を利用した調節池建設、さらに土や樹木など自然の環境を生かした治水対策「グリーンインフラのモデル地区」とする構想も提案しています。
「都はこうした対策こそ進めてほしい」。山口さんは切に願っています。
効果を過大評価?
東京都は2019年から建設を始めた「環状七号線地下広域の調節池」の工事で1時間あたり100ミリの局所的かつ短時間の集中豪雨にも効果を発揮すると公表しているのに、「2016年から善福寺川上流部の調節池整備計画につながる調査を、なぜか都民に隠してコンサルタント会社に委託して続けてきた」。善福寺川沿いに立つ事務所を兼ねる住宅で約40年暮らす建設コンサルタントの森川明夫さん(79)は、疑問を呈します。
都が住民説明会で公表した事業の費用対効果(B/C=数値が大きいほど効果がある)は、1・41。一方、森川さんの試算では0・81で、都は浸水被害を過大に見積もり、信頼できないと批判します。
森川さんは洪水被害予測値を算出する根拠データが四つの河川流域の総合値であるため、都が示すB/C値の検証ができないとして、善福寺川流域の個別の被害予測データを公表するよう情報開示請求しましたが、「実施機関では作成及び取得しておらず」として不開示としました。
森川さんは言います。「計画を都民に隠して進め、決まったからやらせてくれという都のやり方は、都民不在、公共事業最優先の昔ながらのやり方だ。情報を出していれば、多くの専門家はもっと費用対効果の良い案を出せた。税金を使うべきところは他にあるはずだ」
丁寧な対応を要請
調整池計画を巡っては、トンネルの掘削が、陥没事故など重大トラブルが相次ぐシールド工法ということにも不安の声が上がっています。西荻北地域の他にも取水管理施設が計画される「関根文化公園」(上荻4丁目付近)、「ロケット公園」(成田西3丁目付近)でも公園や樹木、住環境やコミュニティーを守ろうと住民団体が立ち上がりました。連携を強める中で「善福寺川流域の自然と暮らしを守る会」も結成されました(2023年12月)。
各住民団体はそれぞれの要望をまとめ、都や区に申し入れています。杉並区の岸本聡子区長は5月8日、強行姿勢の東京都に対し、工事着手の延期や着座形式の住民説明会の開催など、「専門家の意見を踏まえながら、住民に寄り添った丁寧な対応」を要請しました。
「工事着手にあたっての周知方法や家屋調査の範囲、樹木の保全への対応、工事の安全性などをめぐり、様々な意見や懸念の声が区にも届いている」とし、「このまま工事着手を迎えれば現場での混乱が予想される」と強調。「区と連携しながら、分かりやすい情報発信と説明に協力を」と求めています。
「善福寺川上流地下調節池」の整備計画
都の資料などによると、地下約40メートルに総延長5・8キロメートルのトンネルを「シールドマシン」で造り、豪雨の際に増水した水を取り込んで一時的に貯留(30万立方メートル)することで、氾濫を防ぐことを目的にしています。工事地域内の関根文化公園、原寺分橋付近、ロケット公園には立ち退きや公園廃止を前提に、大きな貯水施設も建設されます。工期は2041年までで、全体事業費は約1557億円を見込みます。

