空襲被害に国は向き合って 戦後80年を救済の機会に

 戦後80年目の8月を迎えるなか、超党派で検討が進められてきた民間の空襲被害者の救済法案をこの節目の年にこそ成立させようと、当事者らが運動を進めています。一切の救済がされてこなかった被害者は高齢化し、残された猶予はわずかです。法案をめぐる現状を、「全国空襲被害者連絡協議会」運営委員長の黒岩哲彦弁護士に聞きました。

全国空襲連
黒岩哲彦弁護士に聞く

 ―救済法の制定を求める取り組みは、どこまで進んでいますか。
 今年6月19日の超党派の空襲議連の総会で、「特定空襲等被害者に対する一時金の支給等に関する法律案」の最終稿がついに確認されました。
 これまでは法案の要綱などはつくられてきましたが、法律の文案までまとまったのは、画期的です。戦後80年の年に何としても法律を成立させようという議連の強い決意のあらわれです。
 立憲民主党など野党各党は正式な党内手続きも終えています。自民党と公明党は、与党内の議員らの積極的な働きかけもありますが、賛成を得るには至っていません。しかし、私たちはあきらめていません。
 何としても秋の臨時国会では、この法律案を可決できるよう取り組んでいきます。

受忍論を前文で
 ―法律案の特徴は。
 まず、前文(別項)が大切な中身を含んでいます。
 長い期間にわたって、民間の空襲被害の救済が進まなかった理由は、「戦争という非常事態のなかでは、すべての国民が被害を受忍(耐え忍び我慢すること)すべきだ」という「受忍論」を国が唱えてきたからです。
 前文は、そのことを明記し、空襲による多大な労苦を余儀なくされた犠牲者がいること、その救済の取り組みがされてこなかったこと、そして、戦後80年を迎えるにあたって、その労苦を慰謝(なぐさめること)するとしたうえで、国として被害の実態を明らかにし、追悼の意を表すると述べています。
 ―具体的な救済方法は。
 被害者に対し、一時金として50万円を支給します。
 補償ではなく慰謝としたこと、金額の少なさなど、さまざまな意見もあります。しかし、この救済法案は予算を伴うため、成立には内閣側の賛同が不可欠です。与党を含めた超党派で成立させるために、ギリギリの内容を全国空襲連として受け入れました。
 支給の対象となる被害は、身体上の障害や、ケロイド(やけど)などの外貌の負傷、心理的外傷(PTSD)の三つに絞っています。また、空襲だけではなく、船舶からの攻撃も対象にしています。「鉄の暴風」と称される艦砲射撃を受けた沖縄をはじめ、船舶の艦砲による攻撃での被害も、この法律での救済の対象になっています。地上戦によるPTSDの問題は、沖縄ではかなり深刻で、そこにも目を向けた法律です。

調査と追悼も明記
 ―被害はどのように認定するのですか。
 空襲被害者に市独自の見舞金を支給している名古屋市を参考にしました。氏名や住所、空襲被害を受けた際の状況などをもとに請求してもらい、認定審査会で審査して支給するか決める方式です。国籍条項は設けていません。
 名古屋市の場合、被害について一応、第三者の証言を求めていますが、実際には被害者の高齢化で目撃証言などを得られないケースも多くあります。その場合は、認定審査会のメンバーである歴史家が、証言に歴史的な整合性があるかなどを検証して、認定するかどうか、判断しています。
 空襲被害者の強い希望である、国による実態調査と追悼事業の実施も、法案に明記しています。
 救済実現を求めて運動してきた多くの空襲被害者がすでに亡くなっています。一時金の支給以上に、生き残っている被害者が強く望んでいるのが、国として、空襲被害にきちんと向き合い、実態を明らかにすることです。
 ―通常国会では、残念ながら法律の成立には至りませんでした。今後、どう取り組みますか。
 この間、空襲議連では、超党派での合意を大切にしてきました。
 東京大空襲で大きな被害を受けた下町地域から選出されている平沢勝栄議連会長、松島みどり会長代行兼事務局長をはじめ、与党内の有力議員も含めて、多くの方々が法案成立のために、尽力してくれています。名古屋市長時代に独自の見舞金制度を創設した河村たかし衆院議員(日本保守党)も、「名古屋でできているんだから」という強い言葉で政府を説得してくれています。
 大きなネックとなっているのが、厚労省を中心に空襲被害を救済すると、他の分野の被害者からも救済を求められるのではという反対論が根強く、それが厚労相経験者にも広がっていることです。
 日本共産党の小池晃参院議員(書記局長)は今年5月、厚労省が作成した、法案を疑問視する内容の文書を国会で示し、「妨害はやめるべきだ」と厳しく追及してくれました。

平和へ決意を示す
 ―今年、法律を可決する意義を改めて。
 法案の前文にもあるように、戦後80年の年にこそ、長年の空襲被害者の労苦に対し、国が何も救済をしてこなかったことへの対応を、きちんととるべきです。そのことは、次の戦争を起こさないという、日本の平和への決意を示すことにもつながっています。
 注目したいのは、今年5月の都議会で、東京大空襲の被害救済を求める陳情が、自民党、公明党も含めた全会一致で採択されたことです。また、世田谷区のように、自治体独自で空襲被害に救済策を検討する動きも出ています。こうした地方からのうねりが、国政も動かしてほしいと思っています。
 私たち全国空襲連は5日に総会(すみだ共生社会推進センター・ホールで午後2時から)を開き、「運動15年の到達点と今後の展望」と題してパネルディスカッションも行います。
 秋の臨時国会で、救済法を何としても実現するよう、世論の高まりを期待しています。

♦議連がまとめた救済法案の前文
 今次の大戦による本邦における空襲その他の災害により、多くの方々の尊い生命が奪われただけでなく、一命をとりとめた生存者の中には、その心身に障害や傷跡を受けたことで、長年にわたり多大な労苦を余儀なくされてきた者がいる。
(中略)
 空襲その他の災害による被害については、戦争という非常事態の下で生じた被害は国民が等しく受忍しなければならないやむを得ない犠牲であるとして、国会及び政府において、これを救済するための取組はなされてこなかった。
 ここに、戦後80 年のときを迎えるに当たり、我々は、恒久の平和の実現への決意を新たにするとともに、空襲その他の災害によりその心身に障害や傷跡を受けた者の長年にわたる多大な労苦に鑑み、国として、これを慰謝し、及び空襲その他の災害による被害の実態を明らかにしてその犠牲者へ追悼の意を表するため、この法律を制定する

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