誰もが胸を張り生きる街に

国立市議 最年少で当選
矢部あらたさん(25)

 4月の統一地方選挙で、日本共産党から立候補した多くの新人が当選しました。国立市議選で最年少当選を果たした矢部新(あらた)さん(25)も、その一人です。市議選で全盲の父親が点字に訳した矢部さんの政策リーフレットを活用したことでも、注目されました。(長沢宏幸)

 学園都市として知られる国立市は、東京で面積が2番目に小さい市で、約7万6000人が暮らしています。市議会の定数は21人。4月の市議選には10人はみ出しの31人が立候補する大激戦でした。3人を擁立し、現有議席の確保を目指した日本共産党は、2人の当選にとどまりました。
 矢部さんは906票を獲得し、勇退する高原幸雄さん(11期)からバトンを受け継ぐことができました。「44年間高原さんが守ってきた議席を引き継ぐことができて、ほっとしています。でも高原さんの前回票より100票ぐらい減らしています。若手の強みを生かしきることができなかったかもしれない」と、反省しきりです。
 矢部さんは若者対策や高齢者福祉、街づくり政策を訴えました。その胸中にはいつも「差別をなくして、みんなが楽しく暮らしていける社会にしたい」という強い思いがありました。それには訳があります。
 全盲の父や重い障害で幼くして亡くなった弟との暮らし、そして中学生当時から関わった在日朝鮮人への反ヘイト活動。その後、経済的事情や家庭の問題で居場所を失った若い人たちの居場所づくりとして、シェアハウスの運営に携わりました。
 「お金もうけや生産性という物差しで生き方をはかり、『活躍』とか『才能の発揮』を人に求めるのは、強者の論理ではないか。だれもが人として認められ、笑って暮らせる社会の方が、ずっと生きやすい社会ではないのか」
 そんな思いを強くしていた時、日本共産党員の親戚から、入党を勧められました。二十歳の頃です。

民主主議の党を実感

 「政治を変えたいという思いが強くなった時期でした。入党してみて共産党は口で言うだけでなく、政治を変えるために地道に地域の人たちとの結びつきを強めて活動する、本物の民主主議の政党だと実感しました」。日本民主青年同盟にも加盟し、若い仲間とともにフードバンクや対話宣伝にも取り組みました。
 21年の年末、市議予定候補にとの話がありました。「すごく悩みました。一市民として活動する方が、政治を変える力になるのではないかと考えました。でも、自分の人生を主体的に変えようと共産党に入ったのだから、要請には応えようと考え直しました」
 年末で時間もあったことから、国立市とはどういうところかを改めて調べてみました。そうすると、学園都市でありながら多くの農家があり、駅の近くには障害者センターもあるなど、多様性のある魅力的な街だということが分かりました。議員への偏見があったことにも気がつきました。「市民の声を聞いて、その声で政治を動かし、より良い社会にしていく。その先頭に立つのが共産党の議員です」。
 「国立は学園都市でもあるので、市はもっと学生支援に力を入れるべきです」という矢部さん。「給付制の奨学金の拡充や、若者への家賃補助、URにも協力を呼びかけて安い家賃で入れる物件の提供、生理の貧困対策など、公約に掲げた若者・学生対策をしっかりやっていきたい。もちろん高齢者対策にも取り組みます」
 街づくりの目標は「自分らしく胸を張って生きられる街」。「障害者と健常者が切り分けられるのではなく、一体的に取り組む教育が必要です。障害者が暮らしやすい街は、誰にとっても暮らしやすい街です。バリアフリーやジェンダーフリーが行き届いた、みんなが生きやすい国立市を目指します」