「追体験」で感じる大空襲 親から子につなぐ平和の尊さ

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 東京高校生平和ゼミナールや原水爆禁止世界大会などで絆を深めた青年たちが、高校卒業後も東京大空襲の実相を軸に、平和の尊さを伝えるため、2001年3月に結成したサークル「P魂s(ピーソウルズ)」。家庭を築き、仕事に追われ、少人数や個人での活動にとどまっていましたが、中心メンバーのひとり、井上久恵さんの呼びかけで2日、40代になった13人のメンバーと、その子どもたち19人が墨田区内に集まり、東京大空襲について親から子に伝えるイベントを開きました。
(松本美香)

平和サークル「P魂s」
 「おいしいものを食べたり、勉強したり、遊んだり、おうちで眠ったり、当たり前のことって、戦争がないからできるんだよ」―。イベントの冒頭で、久恵さんが子どもたちに語りかけます。
 この日集まった子どもたちは、3歳から高校1年生まで多彩な顔ぶれ。都内だけでなく、北海道や大阪府、岐阜県など、遠方からも多くのメンバーが駆け付けました。東京大空襲を学校で学んだ子は少なく、親から伝え聞いた子がほとんどです。
 進行役は、久恵さんの次弟で、愛知県の中学校で社会科教師を務める正岡隆実さん。子どもたちに「戦争といえば?」と問いかけると、「爆弾」「自衛隊」「命が失われる」など、元気な答えが返ってきます。
 「まずは映像を目で見て、耳で聞いて、想像力を膨らませてほしい」という思いから、かろうじて生き残った体験者3人の証言を映像化した『君知ってる?首都炎上―アニメ東京空襲』を鑑賞。その後、P魂sが活動の中でも特に力を入れてきた、犠牲者に寄り添うための「追体験」を行いました。
 最初の追体験は、映像に出てきた悲惨な光景「すべてをやきつくす炎の夜」を再現。メンバーのチカさんが、1945年3月10日に、学校の25㍍プールよりも大きな米軍のB29爆撃機が約300機、下町の地域を狙い編隊を組んで飛んできたこと、当日は強風のため、火が竜巻のように恐ろしい速さで燃え広がったことなどを、丁寧に分かりやすく説明。用意した真っ赤なセロハンを全員で目に当て、炎に包まれた町を逃げまどう人々が見た景色を体験しました。
 子どもたちは「怖い」「気持ち悪い」「全部真っ赤で色の判別ができない」など、口々に感想を述べました。
 赤セロハンを使用した追体験の発案者は、東京大空襲で両親と弟を失った元木キサ子さん(90)。久恵さんの長弟で、P魂sのリーダー的な存在である正岡義之さんに、元木さんが「若いあなたたちにぜひ体験してほしい」と、教示してくれたものです。

川の冷たさ氷水で再現
 2番目の追体験は、「身もこおる川の水」。生きたまま自然発火するほど猛烈な熱さの中、冷たい水を求め、多くの人が言問橋(墨田区)から墨田川に飛び込みました。川の水温は非常に低く、心臓まひや凍死で亡くなる人が大勢いたことを、メンバーで特別支援学校教員の矢口直さんが説明しました。
 子どもたちは、氷水が入ったバケツに手を浸し、当日の川の冷酷な冷たさを体感。「きゃーっ」と叫ぶ子、「痛い」と眉をひそめる子、「一晩中つかっていたら死んじゃう」「冷たすぎて感覚がまひした」と口にする子など、さまざまな反応がありました。
 東京大空襲を生き延び、P魂sでも交流のあった星野弘さん(2018年死去)の体験を、隆実さんが紹介。そこら中に横たわっている遺体の処理を強いられた、当時15歳の星野さん。川に浮かぶ女性の遺体を引き揚げると、小さな子どもの死体が女性の髪の毛をぎゅっと握っていた光景は、何十年も夢に現れ、星野さんを苦しめました。

失われた10万人の命を可視化
 最後の追体験は、東京大空襲で「死んだ人10万人」の規模を可視化する試み。1枚に400人写った紙を、10万人分、全員で手分けして並べます。メンバーの正岡芽衣子さんは、「一人一人に未来があり、家族や愛する人がいることを、想像しながら眺めてほしい」と話し、子どもたちは「ぞっとする」「戦争はやっちゃいけない」など、素直な気持ちを言葉にしました。
 最後は、今回特別に参加してくれた星野雅子さん(94)が、東京大空襲の体験を語りました。雅子さんは、星野弘さんの妻。15歳で空襲に巻き込まれ、多くの友人を失いました。「同級生が焼き殺された。どんな思いだったのかと考えると、今でも胸が痛む。どんなことがあっても戦争は絶対にだめ」と、子どもたちにメッセージを残しました。

現地を訪ね祈りを捧げ
 グループディスカッションのあとは、東京大空襲犠牲者追悼碑(台東区)や、言問橋を仰ぎ見る墨田川べりをフィールドワーク。義之さんが、東京大空襲で孤児となった故・狩野光男さんが描いた地獄のような言問橋の絵と共に、狩野さんの体験などを詳細に説明。子どもたちは東京大空襲の痕跡が黒ずみとなって残る記念石「言問橋の縁石」に触れ、合掌して東京大空襲の犠牲者に祈りを捧げました。
 後日、発案者の久恵さんは、「戦争はもちろん、政治に対しても、今誰もが苦しんでいて、大変な状況だと感じている。立ち上がらなければと危機感が積み重なって、P魂sのみんなで何かできないか確認したかった」と心境を告白。「久々に会い、やはり大事な仲間たちだった」―。P魂sの新章開始を予感させます。