自浄する社会の力信じたい デマと差別許さないと発信

 参院選などを通じて差別や排外主義を掲げる政党や政治家が台頭したことに、危機感を覚え反対する声が広がっています。「デマと差別が蔓延(まんえん)する社会を許しません」と題するアピールを、各界有志12人とともに出した、音楽プロデューサーの松尾潔さんも声をあげる一人です。思いを聞きました。

 ―10月17日に新宿駅前で開いたアピールの2回目の街頭宣伝で司会を務められ、ステージ上で「ここから見る景色は美しいですよ」と話された姿が印象的でした。
 金曜日の夜の新宿駅ですから、いろんな方たちが行き交いますよね。一週間、仕事を終えて家路を急ぐ人もいれば、これから新宿で気晴らしをしようという人もいる。全国各地から来たり、これから夜行バスで地方に帰る人もいるでしょう。そういう「通過点」である駅で、多くの人が足を止め、コミュニティを形成し、連帯感とか共有感を得られる「場所」ができた。そのことに、自由や希望を強く感じました。

多様なトーンこそ
 ―1回目の街宣はシンガーソングライターの春ねむりさん、2回目はラッパーのダニー・ジンさんのライブがあり、聴く人たちがビートに合わせ体を動かしていました。
 タムトモさん(2回目に参加した田村智子・日本共産党委員長)も、ノリノリでしたね。
 音楽の世界で長くプロデュースをしてきましたから、政治家とはまた違う形で、社会や政治に対して発信しているアーティストを、あの場につなげる役割を果たしたいと思っていました。僕はよく「ラブソングを語ったその口で、社会のことを語ろうよ」と言ってきましたが、その実践でもあります。
 語るトーンは様々にあった方が良いと思うんです。政治家の歯切れのよい訴えが良かったという人がいてよいし、家に帰って寝る前にライブでのラップの一節がふと心に浮かんだという人がいてもよい。重層的に、さまざまな語り方がステージで繰り広げられ、そこにハーモニーが生まれたらと思います。

封殺された声が
 ―音楽や文化は社会の毛細血管のようなものとよく話されています。
 社会を人体になぞらえれば、政治や経済は大動脈です。僕が関わってきた大衆音楽は、毛細血管のようなもので、一見、なくなっても命にかかわりないように見える。しかし、毛細血管の動きが弱まれば、体がしなやかな動きを失います。社会全体が硬直しないために、やっぱり欠かせないものです。その意味で、コロナ禍でライブハウスやミニシアターが苦境に陥ったときに、「つぶしてはならない文化の砦とりで」だと言ってくれた吉良さん(よし子・日本共産党参院議員)には、心から感謝しています。
 ―近年はジャニーズ性加害問題など、芸能界のさまざまな問題にも積極的に発言されています。
 演者ではないけれども、長く音楽業界、芸能界に身を置いてきました。僕自身、芸能界のきれい事ではない部分、わい雑な部分も含めて好きで、関わってきた部分も、確かにあるんです。清濁併せのみ、泥水に根を生やしてこそ、美しいハスの花が咲く、みたいな感覚で。
 でもジャニーズや宝塚、歌舞伎など、名門とか老舗と言われていた世界で、泣き声をあげながら、ないものとして封殺されて来た人たちが、これだけいると明らかになってしまった。もう、元に戻るわけにはいきません。
 ハスは泥水の上でこそ美しく咲きますが、清浄な水の上だからこそ美しく咲く花だって、たくさんあるじゃないですか。業界全体が、次のフェーズ(段階)に向かわないといけないと思います。

手ごわい相手でも
 ―文化を大切に思われているからこそ、発信されているんですね。
 業界の事情をのみ込んで、目をつむるのが「大人」なんだといって放置されてきた病理は、芸能界だけでなく、政治でも、実業界でも、日本の各分野に相似形のようにあると思います。日本という国の構造の問題だととらえて、変えていく時です。
 文化は、社会のしなやかさを保つ大切なものだという思いは、デマや差別を許さない活動にもつながっています。いまSNSの世界では、差別的な言葉やデマが、銃弾のように飛び交っています。それは人の命を奪う事態まで生んでいます。この現状をどうにかしたいと自分を発奮させるために、「デマと差別が蔓延する社会を許しません」アピール呼びかけ人の肩書で、名刺も作りました(笑)。今後も様々な取り組みをやっていきます。
 排外主義の広がりには、それだけの危機感を持っています。差別は人を殺すし、殺す時の方便にもなる。手ごわい相手だと思いますが、私たちには自浄する力もあるのだと信じたいんです。

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