アホノミクスは下心の政策 呼吸困難の経済、墓穴に 同志社大教授 浜矩子さんに聞く

 「アホノミクスは下心の政策パッケージ」
 ―経済学者の浜矩子さん(同志社大教授)は、安倍政権の経済政策アベノミクスをアホノミクスと批判し続けてきました。行き詰まる安倍政権と日本経済の現状から、働き方の変化への対応をめぐる世界と日本の違い、市民と野党の共闘への期待まで、インタビューで縦横に語ります。
(聞き手・荒金哲 写真・田沼洋一)
 
 ―公文書改ざん、セクハラなど、安倍政権は問題発覚が相次いでいます。

 もはやメルトダウン(炉心溶融)ですね。自ら招いたメルトダウンの餌食になって、墓穴を掘って落ちていくことが期待されます。
 森友、加計という二つの問題が大きな穴でした。しかし、それが自分たちの墓穴掘りだということすら、分からない。悪いことをやっていると、その悪いことの毒で自家中毒になって、判断力や制御能力もなくなってしまう。その末路は、やはりこうなるんだ、という鮮烈な教訓を私たちに見せてくれています。
 
 ―その安倍首相が今年の年頭会見など、盛んに言うのが、明治150年の節目です。
 
 安倍首相が従来から、よく使うのが、「あの時の日本人にできたことが、今の日本人にできないはずがない」という言葉です。
 彼が言う「あの時」は二つあって、一つが明治維新、もう一つが戦後の高度成長です。
 明治維新と言えば、そのスローガンは富国強兵でした。アホノミクスをもって富国を実現し、憲法改正をもって強兵の体制を整え、21世紀版の大日本帝国に向けてまっしぐら。チームアホノミクスの野望にはぴったりのスローガンです。そのために、明治150年は格好の踏み台になっている。ここまで分かりやすくやるのかな、という感じですね(笑)。
 
世代の分断仕向け
 
 ―安倍政権の現代版富国強兵の政策は、社会にどんな影響をもたらすでしょう。
 
 一定の経験を積んだ社会人たちは、そこまで振り回されていませんが、気になるのは若者たちですね。
 世の中が非常にわかりにくく、もやもやしています。他方、明治維新は富国強兵、殖産興業、立身出世の3つの四文字熟語が人々を鼓舞して、余計なことは考えず、新時代に対応するんだと駆り立てました。高度成長も、戦後復興、GNP大国が叫ばれた。
 時代の如何を問わず、不安を抱えているのが若者ですから、単純で思考停止状態でいられるようなメッセージに、しがみついてしまいがちです。過激で単純明快なメッセージが、知的ダメージを与えてしまう。それが安倍政権への若者の支持率の高さという形で出てしまっています。
 「ハーメルンの笛吹き」に連れていかれている若者たちと、大人の間を分断する力が働くことが、非常に怖いと思います。世代間格差といった形で、世代を分断するように仕向ける、それも一種のファシズムの手法です。
 
世界と真逆の議論
 
 ―安倍政権が若者のことを考えている、と装っていることの一つが、「働き方改革」や「人づくり革命」の強調です。
 アベノミクスもそうですが、「働き方改革」や「人づくり革命」も、“奴ら”が作った、“奴ら”の都合に合わせた造語です。まず重要なのは、「敵の言葉で語らず」ということです。
 働く人々のあり方は今、世界的に焦点になっています。キーワードになっているのが「ギグ・エコノミー化」「ギグ・ワーカー化」です。
 ギグとはもともと、短時間でやる仕事の意味で、転じてジャズなどのセッション(複数で集まり演奏すること)の意味になりました。「ギグ・ワーカー化」とは、ある仕事ではここで、次の仕事では別のところで、と渡り職人的に、個人事業主として働く人の増加を指します。グローバル競争で安定した終身雇用の働き方ができなくなる一方、インターネットの発達で世界中どこからでも仕事のオファーを受けることができるようになりました。そうした背景のなかで、従来型のワークスタイルを取らない人が増えています。
 世界的には、その現実を受け止め、従来の労働法制、工場労働から始まった労働法制の仕組みが対象としていなかった、渡り職人的な働き方をする人たちの権利をどう守り、働き方をどう改善できるかという議論が起きています。
 しかし、日本で安倍政権が進めている方向はまったく逆です。こうした保護のない働き方の世界を「新しい、柔軟な、多様な」働き方だと宣伝し、人々を追いやろうとしている。ようやくアリバイ作り的にこうした労働者をどう保護するかという話も出始めていますが、世界とは問題意識のあり方が180度違います。
何の意味もない株高
 
 ―安倍政権の経済政策をアホノミクスと厳しく批判されてきました。安倍政権の支持率を見ると、株価の高さが続くことに、期待する人たちが根強くいるようにも見えます。
 
 株価についていえば、いまや日銀が作っている相場で、あんなものに何の意味もありません。日銀という一つの機関投資家が年間6兆円を株式市場に投じるということがまずあり得ないし、しかもその投資家が公的機関なのです。いまや日本の株価は、日銀が許容する範囲でしか動きません。
 とはいえ、投資家も株を発行する企業も、日銀が株を支えるこの体制が続かなくなると、大変なことになってしまう。支持率はむしろ「恐怖の支持率」、瓦解恐怖症ではないでしょうか。
 
 ―この経済政策がすでに5年余り続いています。
 
 アホノミクスは下心の政策パッケージです。本来、経済政策が持つべき使命感や課題認識とは全く違う「21世紀版大日本帝国」という自らの政治的野望、下心を抱いて政策をそのために私物化してしまいました。
 国債市場も株式市場も、その野望のために、自分たちがコントロールする市場に変えてしまった。コントロールはある意味、完璧にできているかもしれないけれど、動くためにあるのが、市場なのに、動かない市場に意味があるでしょうか。
 結局は、経済が呼吸困難になり、経済システムの機能不全が起きる。これも、安倍政権の掘った墓穴です。
 問題は、彼らが自分の落ちた穴に落ちるのは勝手だけれど、我々が巻き込まれて一緒に落ちないことです。安倍政権と命綱でつながっているような状況を早く終わりにしなくてはいけません。
 
 ―4月14日には、内閣退陣を求めて5万人が国会前に集まるなど、市民と野党の共闘が進んでいます。
 
 良い共闘が進んでいますね。市民の怒りは盛り上がっていますし、野党間の共闘は昨年の民進党分裂で逆にやりやすくなったように思います。旧民進党のなかにいた時は、互いに先陣争いをしたり足を引っ張りあっていた人たちが、それぞれの陣営に分かれたおかげで、役割分担がうまくできつつあります。
 今後、安倍政権に対して野党が優位に立つなかでも、共闘の力学を崩さないでほしい。それが共闘のパートナーである市民が期待し、また、若干の懸念も持って見守っていることです。
 
 ―共闘の広がりのなかで、共産党が果たすべき役割をどう見ていますか。
 
 共産党の役割はすごく大きいですね。何といっても組織力の強さ、大きさ、歴史的継続性という意味では、非常に懐が大きい体制を持っています。私は、接着剤と品質管理者という二つの役割を期待しています。
 接着剤という点では、野党の一部にまだある「共産党とは一緒にやりたくない」という考えを乗り越えるような、強力で流動性の高い接着剤としてどう動くかです。
 品質管理者というのは、論戦のレベルを保持するために、経験の豊富さや知的レベルの高さを発揮してほしい。下手をすると、国会も論戦の名に値しない、くだらない野次の応酬などになりがちです。何しろ、時間が余ってお経を唱えるという自民党議員がいるほどです。親鸞先生もびっくりでしょう(笑)。野党の追及が常に知的シャープさを貫けるよう、知的品質管理者の役割をしっかり共産党に果たしてほしいと思います。