東京都築地市場(中央区)の移転先で、深刻な土壌汚染が大問題になっている豊洲新市場予定地(江東区、40ヘクタール)。東京ガス(東ガス)工場跡地の購入をめぐる東京都と東ガスグループとの密室交渉の実態が、日本共産党都議団(吉田信夫団長、17人)が入手した都の公文書で明るみにでました。都は東ガスに提示した土壌汚染対策費負担を大幅引き下げ、3分の1にしていたことが判明しました。(記事中の役職は当時)

豊洲市場への移転を決めたのは石原慎太郎知事。2001年に築地市場の再整備方針を撤回し、市場業者の反対を押し切って豊洲移転を決めました。新市場整備費は汚染対策と建設費が高騰し、6254億円(利息分を含む)に膨らみました。

都が東ガス側に最初に豊洲の売却を打診したのは、1998年9月。都は前月、三菱総研に豊洲移転の調査を委託していました。

99年11月、都は東ガス側に市場の移転候補地として豊洲が最適とし、40ヘクタール取得の意向を伝えました。

東ガス側は豊洲先端部の6街区(現・水産仲卸売場棟)、7街区(同水産卸売場棟)は土壌汚染の問題があると渋りました。

2000年5月、福永正通副知事が「交通条件の良好な位置」「豊洲が最適」と先端部の売却を要請。翌6月、東ガスは4街区と5街区(現青果棟)の活用案を提示し、6・7街区は土壌処理で大変な費用を要すると主張しました。同年7月、東ガスは都が提案した豊洲と築地市場跡地の交換を拒否しました。

00年10月、石原知事の側近、浜渦武生副知事が東ガスを訪問。土地価格や開発者負担について、「そのことは水面下でやりましょう」と提案。「(東ガスの)株主に損をさせない仕組み作りを示す」など3項目を部下に指示し、交渉は一気に進展します。

01年2月21日、都と東ガスは覚書を締結、豊洲地区区画整理事業の防潮護岸の開発者負担などで都が東ガスの負担を肩代わりする方針を決めました。

土壌汚染対策について、両者の協議が本格化したのは03年からです。同年4月、東ガスは「汚染の中心部である負荷の高い箇所のみを実施する」「売却時には汚染土壌が残る」とし、同年10月には新たな処理費用の負担を拒否しました。

03年12月、東ガスは「売買時には汚染があってもしようがないとのことであったので、最終合意がだされた」と主張。都は「議会での説明がもたない」と訴えました。

土壌汚染対策費用の分担交渉が本格化したのは09年から。技術会議の試算(586億円)をもとに都は当初、東ガス側に222億円の負担を提示しましたが、強硬な値下げ要求をのんで11年3月に78億円と65%も減額して決着しました。

その交渉過程で、11年2月7日、東ガス側は「以前も100億かけて土対(土壌汚染対策)工事をしたのに、また100億もかけるとなると、『何をやってんだ』と突っ込まれる」と反発し、43・4億円に下げるよう主張。以降、都は83・5億円、79・1億円に譲歩し、最後は78億円で了承しました。


解説

石原元知事は知っていた

真実を語って都民に謝罪を

東京ガス(東ガス)との汚染費用の分担交渉の際に、石原元知事は市場から80億円の請求金額の報告を受け、了承していたことが分かりました。

2011年2月18日、東ガスから72億円に下げる要求を受けた際、都は「知事に説明した80億に達していない」と回答。同年3月7日の協議で、都は「79億円でお願いしたい」と懇願。「Gへの説明(80)や、都提示額(86)と東ガス提示額(72)等を考慮した額である」と主張しました。「G」は、ガバナーの頭文字で知事の略称です。

ところが石原氏は、都の質問書への回答書(今年10月14日)で、土壌汚染地の購入価格について「ずいぶん高い買い物をしたと思う」、東京ガスの汚染費負担78億円についても「今思えばアンフェアーだと思いますが、私の判断を求められることがありませんでした」と回答。それがうそであったことを、開示文書は雄弁に示しています。

石原氏は、虚偽の回答を撤回し、なぜ汚染が深刻な工場跡地を高価格で購入したのか、東ガスの汚染対策費負担を大幅減額して都財政に損失を与えたのか、真実を語り、都民に謝罪する責任があります。(岡部裕三)

(「しんぶん赤旗」2016年12月3日付より)